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神戸地方裁判所竜野支部 昭和34年(ワ)36号 判決 1961年11月06日

原告 赤佐信用金庫

被告 上月町

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

一  当事者間に争のない事実

被告上月町は、その庁舎の新築工事を、神戸市兵庫区湊町一丁目二四三番地、大起建設工業株式会社(以下「大起建設」という。)という建築業者に注文し、昭和三四年一月七日、両者間にその工事請負契約の成立を見た。右契約内容の概要は、工事代金一〇、二一八、〇〇〇円、工事完成期日・同年五月二〇日、特約・被告は、大起建設の責に帰すべき事由により、工期内に工事が完成しないとき、または、完成の見込がないと明らかに認められるときは、契約を解除し得ること(第三〇条第一項第一号)というのである。しかるところ、右請負契約に基き大起建設が被告から支払を受くべき工事代金は、すべて原告において大起建設に代わりこれを受領し得ることに、原告、大起建設間で当初から約定が成立しており、被告においても、原告及び大起建設から右の趣旨を記載した委任状を示されたので、同年一月三一日、その趣旨を諒承した。そして、現実に右工事代金の内金として、同年二月二八日、金二、八五六、〇〇〇円、同年三月三一日、金三、二〇〇、〇〇〇円が、被告から原告に直接支払われたのである。しかるに、右請負契約は、工事完成前の同年四月二五日、被告から大起建設に対する一方的通告をもつて解除され、被告は、さきに大起建設から差し入れて貰つていた保証金一、〇二二、〇〇〇円を返戻し、かつ、同年月日、未完成の庁舎につき、被告名義に所有権保存登記手続を了した。被告が右解除の理由として掲げたところは、前示の特約に基くというのである。

二  請求の趣旨

原告訴訟代理人は、

「被告は、原告に対し、金二、二〇〇、〇〇〇円、並びに、これに対する昭和三四年五月二一日以降完済に至るまで年五分の率による金員を支払え。」

との判決、並びに、担保を条件とする仮執行の宣言を求める旨申し立てた。

三  原告の主張

被告のなした請負契約の解除は、左記の理由により、原告に対する関係において、不法行為となるものである。

原告は、さきに大起建設から、被告庁舎の建築工事を施行するにつき、運転資金の貸付方を懇請されたが、大起建設が未知の業者であつた関係上、これに対する貸金の回収に若干の危惧の念を抱いていた。そこで、原告としては、大起建設が被告から将来支払を受くべき工事代金を代理受領し、これを貸金の返済に充てることを、右融資の条件としたい旨申し出たところ、まず、これにつき大起建設の承認を得たので、昭和三四年一月二九日、原告の久崎支店長高見芳郎は、大起建設取締役池田一市と共に、被告上月町役場に収入役竹内一二を訪れ、右代理受領の委任状(甲第一号証)を交付し、その趣旨を説明したところ、同人は、これを諒とし、大起建設に工事代金を直接支払うようなことをせず、その他原告に迷惑はかけない旨を確約し、かつ、同書面は、同月三一日、被告町長水鳥栄一のもとに回付され、同町長においてもこれを承認した旨の添書が付された後、原告に返戻された。そこで、原告は、大起建設に対し、右運転資金として、同年月日金二、五〇〇、〇〇〇円、同年二月二八日金二、五〇〇、〇〇〇円、同年三月三一日金二、〇〇、〇〇〇円を貸し付けたといういきさつである。

そもそも、金融機関が、貸金の回収につき借主の金銭債権を物的担保とするには、債権質の設定や債権の信託的譲渡といつた方法も考えられるのであるが、借主が大起建設のような工事請負業者の場合、債権質の設定は、請負代金債権につき債権証書等の裏付がない関係上、事実上困難であり、債権譲渡の方法も、工事の進捗に伴い、内金支払のつど債権譲渡の手続をしなければならぬ不便を伴うのみならず、上記二つの方法は、請負人の対外的信用力を低下させ、注文者に不安の念を抱かせる弊を免れないものである。そこで、金融業者、請負人、注文者の三者共不利益を蒙らないですむ簡便な担保設定の方法として、本件に見られるような請負代金の代理受領という方式が案出されたのであつて、これは、既に戦時中にもその例を見ないではなかつたが、戦後において急速に発展し、昭和二三年、二四年頃からは、確実な取引界の慣習となるに至り、さらに、大蔵省理材局長昭和二五年七月五日通達は、一段とこの傾向を助長した。こうした請負代金代理受領の契約は、決して単なる取立委任契約のごときものではなく、第三債務者の承諾を伴つた指名債権質の設定と極めて近似し、経済目的及び法律効果を同一にするところの、一種の無名契約と認めるのが相当であり、請負契約上の注文者は、取立権の授与を受けた金融業者の請負人に対する貸金債権の担保を失わせないよう、特に配慮すべき義務を負うものと解しなければならない。

しかるに、被告と大起建設とは、故意に原告の権利を侵害する目的をもつて、相互間の請負契約を解除すべく共謀し、まず、昭和三四年四月二五日、未完成建物に対する強制執行を免れるため、同建物につき被告名義に所有権保存登記手続をなし、次いで、被告から大起建設に対する一方的通告をもつて、請負契約を解除し、大起建設において、これを異議なく承認するという形をとつた。同請負契約の第三〇条第一項第一号には、大起建設の責に帰すべき事由により所定工期内に工事を完成しないとき、又は完成の見込がないと明らかに認められるときは、被告において同契約を解除し得る旨規定されており、被告は、右条項に従つて解除権を行使したと称している。しかし、右請負契約にあつては、工事代金一〇、二一八、〇〇〇円、工事完成期日・昭和三四年五月二〇日と定められており、かつ、同年一月七日に工事の着手を見たのであるが、同年三月三一日、被告と大起建設とは、双方調査の上、同日現在の工事出来高を金七、五八九、〇〇〇円と算定しているのであるから、工事予定日数の六三パーセントの期間内に、七四パーセントの仕事を完成している計算になり、しかも、右調査の日の後に工事の中止もしていないのである。したがつて、右解除の理由として被告の主張しているところは、事実に符合しないものといわなければならない。なお、右に関連し、大起建設において、前示契約解除に当り、被告に対し、当然請求し得べき工事代金残額(出来高と既払額との差額)の支払を請求しなかつたこと、被告において、当初の約定請負代金額から大起建設への既払額を差し引いた金四、一六二、〇〇〇円の全額をもつて、大起建設の下請業者に残工事を発注したこと、請負契約第二三条によれば、大起建設が被告に預託した契約保証金一、〇二二、〇〇〇円は、工事が完成し、検査に合格した後に還付される筈のものであり、また、同契約第三〇条第三項によれば、同条第一項の解除のときは、保証金が没収される筈であるにもかかわらず、右保証金が、原告には一片の通知もないまま、大起建設に返戻されていることも、まことに不可思議な事柄である。

以上要するに、右解除の実体は、一方的意思表示による解除の形式を仮装した合意解除に外ならない。そして、被告は、大起建設と通謀して、右合意解除により、原告の大起建設に対する債権の担保を失わせたところの不法行為者というべきであつて、原告は、そのため、大起建設に対する貸金の未回収額金二、二〇〇、〇〇〇円相当の損害を蒙つたわけである。よつて、本訴により、被告に対し、右損害金、並びに、これに対する訴状送達の日の翌日以後である昭和三四年五月二一日以降完済に至るまで、民法所定の年五分の率による遅延損害金の支払を請求する次第である。

四  被告の主張

被告のなした請負契約の解除は、以下詳述するとおり、大起建設に対する契約上の権利の行使として正当なものであり、原告に対する関係においても、不法行為となるいわれがない。

まず、被告は、原告が大起建設の代理人として請負代金を受領することを承認したけれども、被告が大起建設との請負契約上有するもろもろの権利、ことに、同契約の解除権の行使について、少しも制限を受ける約諾をしたことはない。原告は、大起建設との契約により、その代理人として工事請負代金を受領する権限を有していたにすぎないのであるから、本人たる大起建設の請負代金債権が請負契約の解除により消滅した以上、代理人としての受領権限も消滅したのは、当然のことである。原告は、被告から代理受領した金員をもつて大起建設に対する債権の支払に充てることにより、同債権の担保的作用を営ませようとしたのであろうが、それだけでは、請負代金債権が依然として大起建設に帰属しているわけで、原告は、同債権につき他の債権者に対し優先権を主張し得ない以上、かかる方法をもつて債権の担保を事実上得ようとした処置は、本来妥当を欠いたものといわなければならない。原告が、こうした自己の失策を棚に上げ、被告の適法な解除権の行使を論難するのは、甚だ当を得ないものである。原告は、大起建設との契約が、債権質の設定に類似し、これと法律上の効果を等しくするものであると主張するが、右契約の経済上の目的がいかにもあれ、その法律上の性質は、債権の取立委任契約以外の何物でもないものであり、原告が、かかる契約により質権を創設し得べき限りでないことは、物権法定主義の建前からしても明らかである。また、かかる債権の取立委任の結果一種の物権的な権利が発生するという慣習も、取引界には存在しない。かりにかかる慣習があるとしても、強行法規に反しておれば、慣習法としての効力がなく(法例第二条)、強行法規に反していなくても、被告がこれによる意思を有しない以上、契約の解釈基準ともならぬものである。しかのみならず、原告が、請負代金の代理受領を条件として、大起建設に対し、何時いかほどの融資をなし、その内いかほどの金額が何時返済されたのであるか、こうしたことについて、被告は、全く通知を受けたこともなければ、諒解を求められたこともない。原告、大起建設間の貸借は、両当事者間で任意なされたものであり、被告の全く関知せぬ事柄である。かかる事情の下において、被告が大起建設との間に請負契約を解除するにつき、原告に通知ないし諒解を求める義務を負うものでないことは、いうまでもないところであり、また、被告は、かかる義務を負う旨約諾した覚えもない。

次に、被告のなした請負契約の解除は、一方的な約定解除権の行使であつて、被告は、ことさら原告に損害を加えるため、大起建設と謀議して契約を解除したものでない。被告、大起建設間の請負契約によれば、工事完成期日は、昭和三四年五月二〇日で、大起建設の責に帰すべき事由により、約定工期内に完成の見込がないと認められるときは、被告において契約を解除し得ることになつていた。しかるに、同工事の進捗は、同年四月一日以降著しく停頓し、このままで放任すれば、竣工がかなり遅延することが明白となつた上、大起建設の営業状態にも不安の点があることが判明したので、被告は、慎重考慮の上、同月二五日、一方的に請負契約を解除する旨、大起建設に通告したところ、大起建設においても、工事の進捗が停頓しているのにかんがみ、契約解除が有効であることを認めたといういきさつである。被告としては、庁舎の速やかな竣成のみを希求し、原告、大起建設間の債権債務関係については、何も知るところがなかつたのであるから、請負契約を解除するについて、原告に損害を加えるため、大起建設と謀議するようなことは、あり得ないのである。

最後に附言するが、原告が、本件請負契約の解除により損害を受けたと主張していることも、甚だ当を得ない。原告は、右契約解除後も、大起建設に対して貸金債権を依然有している以上、法律上損害を受けたとはいえない筈であるのみならず、現実に、右貸金の内いくばくが回収不能になるかは、未必のことに属する。また、かりに右契約解除が行われていなかつたとしても、原告は、大起建設に対し優先権を伴わぬ債権を有するにすぎないから、請負工事代金からは、大起建設に対する総債権者と債権額に応じて按分の弁済を受け得るにすぎず、これを満足を得ぬ分は、大起建設に対する債権として残存するわけである。したがつて、被告のなした契約解除が原告に損害を及ぼしたということは、法律上到底是認し得ぬ見解といわなければならない。

以上の次第で、被告のなした契約解除は、不法行為とならぬものであるから、原告の本訴損害賠償の請求は、失当であるといわなければならない。

五  証拠関係

本件において証拠調を施行したのは、原告訴訟代理人の申出にかかる甲第一ないし第七号証、証人竹内一二、同浜野大助、同池田一市、同井口美好及び同坪内卓人の各尋問、鑑定人渡辺栄次郎及び同中村数馬の各鑑定、並びに、被告訴訟代理人の申出にかかる乙第一ないし第三号証、証人竹内一二の尋問であり、なお、同代理人は、「甲第七号証の成立は、知らないが、その余の甲号各証の成立は、いずれもこれを認め、甲第一号証を被告の利益に援用する。」と述べ、被告訴訟代理人は、「乙号各証の成立は、いずれもこれを認める。」と述べた。

理由

当裁判所は、左記の理由により、原告の本訴請求が失当であると考える。

被告上月町が、その庁舎の新築工事を大起建設に注文し、昭和三四年一月七日、両者間にその工事請負契約の成立を見たこと、右請負契約に基く工事代金は、すべて原告において大起建設に代わりこれを受領し得る旨、原告、大起建設間に約定が成立し、かつ、右両者の申出に基き、被告においても、同月三一日、右の趣旨を諒承したこと、しかるに、前示請負契約は、工事完成前の同年四月二五日、被告からの一方的通告をもつて解除されたこと(右解除が実質的には被告、大起建設間の合意に基くものであるか、やはり一方的解除であるかは、争われているが、この点は、しばらくおく。)は、いずれも当事者間に争がない。

しかるところ、原告は、前示請負代金受領に関する原告、大起建設間の契約が、原告から大起建設に貸し付けた工事運転資金の回収を担保するための特殊の契約で、工事注文者たる被告の承認を得た以上、第三債務者の承諾を伴つた指名債権質の設定と法律上の効果を等しくするから、被告において、故意に右担保を失わせるような請負契約解除をなし得ぬものであると主張するに反し、被告は、右原告、大起建設間の契約の法律上の性質が、通常の債権取立委任契約以外の何物でもなく、被告がこれを承認したからとて、被告の請負契約解除権が制限されるいわれがないと争つているので、以下この点につき考える。

成立につき当事者間に争がない甲第一号証、並びに、証人浜野大助、同池田一市、同井口美好及び同坪内卓人の各証言によれば、左記の諸事実を認めることができる。すなわち、大起建設は、被告の注文にかかる庁舎建築請負工事を施行するにつき、その運転資金の貸付方を原告に懇請したところ、原告は、融資金の回収を確実にするため、貸付の条件として、被告、大起建設間の請負契約に基く工事代金を、原告において被告から取り立て、大起建設に対する融資金の返済に充てたいと申し入れ、大起建設も、これを諒とした。しかるに、右貸付条件の趣旨を徹底させるためには、注文者たる被告において、確実に大起建設でなく原告に対して請負代金を支払つてくれなければならないわけであるから、そのように被告に対し協力を求めるため、大起建設が、原告専務理事西脇明一を代理人と定め、右請負代金受領の権限を授与する故、被告においても、同代理人に対し右代金を支払われたい旨を記載した「委任状」と題する書面(これは、甲第一号証であつて、後述のとおり単なる委任状以上の法律上の意味を有するものであるが、以下便宜に従い、その標題どおり「委任状」ということがある。)を作成し、原告金庫久崎支店長の高見芳郎及び大起建設取締役の池田一市が、相伴い、昭和三四年一月二九日、被告上月町役場を訪れ、右委任状を被告収入役の竹内一二に交付した上、被告においてその記載事項を承認し、請負代金を原告に直接支払われたい旨要請したところ、被告町長水鳥栄一は、同月三一日、右収入役の報告、説明に基き、同書面の末尾にその記載事項を承認する旨添書し、即日同書面が返戻された。そこで、原告は、大起建設に対し、同日早速金二、五〇〇、〇〇〇円を、さらに、日を改め二回にわたり、それぞれ金二、五〇〇、〇〇〇円及び金二、二〇〇、〇〇〇円を貸し付けたといういきさつである。

以上認定事実によれば、原告、大起建設及び被告の三者間の法律関係は、これをいかに理解するのが正当であろうか。まず、原告、大起建設間の請負代金受領に関する契約であるが、同契約が、原告の大起建設に対する融資金の回収を担保する目的に出たものであることは、否定し得ない。しかし、さらに進んで、原告訴訟代理人の主張するように、右契約が、指名債権質の設定と同一の効果を伴う無名契約であると解することは、行き過ぎであろう。それは、前掲委任状に見られる文言からあまりにも程遠い解釈であるのみならず、被告訴訟代理人も論難するとおり、物権法定主義の建前からも、是認しがたいように思われる。さりとて、右契約が、単なる債権取立委任契約であるとする被告訴訟代理人の見解も、委任状の文言に捉われ過ぎた形式論であつて、相当でない。もし右契約の性質がそうであるならば、本人たる大起建設は、代理人たる原告の意思に反して、被告から直接に請負代金を取り立てることにより、原告を出し抜いても差し支えないことになるが、当事者双方の合理的意思がそうでなかつたことは、元来右契約の趣旨が、原告の大起建設に対する融資金の回収を担保するにあり、そのため、右両者において、被告に対し、請負代金の支払先を「代理人」たる原告理事にされたい旨要請したことに徴して、明らかである。結局、本件の判断に必要な限度で当裁判所の見解を示すと、上記認定の事実関係を綜合すれば、原告の大起建設に対する要請(申込)に基き、大起建設、被告間において、請負代金を第三者たる原告に支払うべき旨の民法第五三七条の第三者のためにする契約が成立したものと認めることができ、ただ、通常の場合と異なり、第三者の受益の意思表示が時間的に該契約の成立よりも先行したにすぎないと理解するのが、最も穏当な解釈であると考える。かように解すれば、原告は、右契約の効果として、同条の規定により、自己の名において(代理人としてではなく)直接被告に対し請負代金を請求し得たものであり、大起建設が原告を出し抜いて被告から請負代金を取り立てるようなことは、同法第五三八条により、もちろん許されなかつたわけであるから、こうしたことの反射的効果として、原告の意図した融資金回収の担保という目的も、ある程度達成されたものということができるであろう。しかしながら、他面同法第五三九条によれば、第三者のためにする契約において、諾約者は、要約者との契約に基く抗弁をもつて、受益の意思を表示した第三者に対抗し得ることに注意する必要がある。これを本件の事案にあてはめて考えると、はたして被告が主張するとおり、被告のなした請負契約の解除が、単独行為たる一方的解除として、大起建設との契約上是認されるものであるならば、被告は、右解除の効果を原告に対抗し得る結果、この解除がなかつたとすると当然支払わねばならぬその後の仕事に対する報酬金の支払義務を、免れ得るものといわなければならない。

しかるところ、被告、大起建設間の被告町庁舎建築請負契約において、工事完成期限を昭和三四年五月二〇日までと定められ、かつ、大起建設の責に帰すべき事由により、工期内に工事が完成しないとき、又は完成の見込がないと明らかに認められるときは、被告から契約を解除し得ることになつていたことは、当事者間に争がない。そして、成立につき争のない甲第三、第六号証、乙第三号証、証人浜野大助及び同池田一市の各証言、並びに、前記請負契約が解除された当日、注文者たる被告において未完成建物につき自己名義に所有権保存登記手続をしたという当事者間に争のない事実を綜合すれば、右契約解除の前後のいきさつとして、次のような事実を認めることができる。すなわち、被告庁舎の建築工事は、同年一月着工以来、当初はおおむね順調に進捗し、請負契約が解除された同年四月二五日現在では、全工程の約八〇パーセントの仕事を終えていたのであるが、大起建設は、その前から資金難に悩み、下請業者等に対する債務の支払にも窮する有様であつたから、前記所定期限までの竣成は、到底不可能と予測された。そこで、大起建設から被告に対し、工事竣成期限を一箇月ばかり延ばしてほしい旨申し入れ、被告においても、一応これを諒承し、この伸長された期間内には、工事の竣成も全然期待し得ないではなかつたのであるが、大起建設の経理状態は、依然好転せず、その負債のため、被告に対する請負契約上の債権や未完成庁舎も、債権者等から差し押えられるおそれがあつたので、大起建設としては、被告に対し、約束の期限までに瑕疵のない完成庁舎を引き渡すことが絶対に不可能ではないにしても、それまで請負契約上の義務を尽くすことは、困難であるのみならず、自己に非常な不利益を招くゆえんであると考え、被告に事情を訴えて、請負契約の解除を希望する旨を伝えた。一方、被告としても、引き続き大起建設に庁舎の建築工事を継続させておいては、その早急な竣成と瑕疵のないものとしての引渡を得られないおそれがあると考え、右請負契約の解除に意を決した。被告の大起建設に対する契約解除の通告は、こうしたいきさつの下になされたものであるから、形式においては、一方的意思表示の外観を示すところの書面によつているけれども、大起建設としては、もとよりこれを事前に予期していたものであり、さればこそ、即日右解除を承認する旨回答し、かつ、右両者間には、契約解除と相前後し、これに伴う善後措置として、既払工事代金と対価関係に立つところの未完成建物の引渡その他の事項に関する協定書が取り交わされた次第で、事を実質において見るならば、右契約の解除は、契約当事者間の合意によつたものという方が、真実に合致しているかもしれない。しかしながら、右契約解除がなされる前の諸事情は、前認定のとおりであり、被告としては、大起建設から、その経理状態が思わしくなく、請負工事の継続を希望しない旨を伝えられた以上、一方的意思表示をもつて請負契約を解除しようと思えば、できなかつた筈はないであろう。けだし、前述のとおり、右請負契約の締結に際し定められた特約において、大起建設の責に帰すべき事由により、工期内に工事が完成しないとき、又は完成の見込がないと明らかに認められるときは、被告から契約を解除し得ることになつていたということは、ひつきよう、大起建設の責に帰すべき事由により、被告が所定期間内に完成建物の差押等による瑕疵のないものとしての引渡を受けることができなかつたか、又は受けることができない可能性が多い場合において、被告から一方的に請負契約を解除し得ることを意味するに外ならないからである。かように考えるならば、本件の事案において、被告、大起建設間の請負契約の解除が、現実に、被告から一方的になされたか、それとも当事者間の合意でなされたかをせんさくすることは、特に重要な事柄ではないといえる。いずれにせよ、民法第五三九条によれば、諾約者たる被告は、要約者たる大起建設との請負契約が、要約者の責に帰すべき事由により、有効に解除されたことをもつて、原告に対抗し得るものといわなければならない。その結果、原告は、被告から、右解除がなかつたならば当然取り立てることを得たと思われるその後の仕事に対する報酬金はもちろん、これに相当する損害金をも取り立て得ぬことになつたわけであるが、そのため大起建設に対する融資金の回収に若干窮するようになり、ある程度の損害を蒙つたとしても、それは、やむを得ぬ事柄として受忍すべきものであり、もとより被告に対し不法行為者としての責任を問うことは、許されないであろう。

してみれば、右不法行為の成立を前提とする原告の本訴損害賠償の請求は、理由がないものである。よつて、これを棄却することとし、なお訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 戸根住夫)

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